神経可塑性の臨床応用
教授・高橋琢哉
我々は長年、シナプスを中心に主にげっ歯類(ネズミ)を用いて「可塑性」の研究をやってきました。「可塑性」とは外界からの入力により脳が変化していくことで、記憶や学習などがその代表的な例です。現在の我々の目標は、げっ歯類を用いた基礎研究の莫大な蓄積をヒトの病気の診断治療に応用していくことです。可塑性は様々な病態の背景にあります。
脳卒中後のリハビリテーションによる機能回復も可塑性を利用したものです。我々は可塑性を制御する化合部を探索し、リハビリテーションの効果を薬剤により促進するというこれまでにない新しい臨床介入を目指しています。すでに動物実験では劇的な効果を有する化合物を見つけており、今後ヒトへの作用を検証していくという段階にきています。「可塑性作動薬」というこれまでにない新しい概念の薬剤になるわけですが、これが実現すれば、寝たきりの患者数の激減、介護負担の激減、そしてなによりも患者さんの苦痛の大きな軽減につながるものです。
また、我々は、可塑性に大きく関わっていることが長年の基礎研究により明らかになっているAMPA受容体というタンパク質の局在を生きているヒトで可視化するという画期的な技術の開発を行っています。すでに可視化する方法は開発しており、ヒトに応用する段階にあります。これが実現すれば、これまで臨床像でしか診断ができなかった精神神経疾患(うつ病、統合失調症、人格障害、薬物依存、癲癇、認知症)のシナプス機能分子による新しい診断方法が確立できます。この方法により、疾患にメカニズムの裏付けがある診断を行うことができるようになります。さらにこの手法により疾患の責任部位として新たな脳領域がヒトで同定された場合、その脳領域の分子細胞生物学的解析をげっ歯類を用いて行い、病態の本態によりせまっていくことにより、新たな治療法の創出も可能になります。
「human biology」こそが、これからの神経可塑性研究の方向性であると信じていると同時に、やらなくてはならない社会的責務を負っていると考えています。